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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)21号 判決 1980年7月28日

原告 大和中央製薬株式会社

被告 救心製薬株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和四八年審判第五八一九号事件について昭和五四年一月二九日にした審決を取消す。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、登録第三八三〇五三号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は、別紙第一のとおり「中央急救心」の文字を縦書きにしてなり、旧第一類「化学品、薬剤及び医療補助品」を指定商品として昭和二二年一一月二六日登録出願、昭和二五年四月二四日設定登録され、昭和四五年六月一七日商標権存続期間更新の登録がされたものである。被告は、原告を被請求人として、昭和四八年八月一八日、本件商標の登録取消の審判を請求したところ、特許庁昭和四八年審判第五八一九号事件として審理され、昭和五四年一月二九日本件商標の登録を取消す旨の審決があり、その審決の謄本は同年二月一三日原告に送達された。

二  本件審決の理由の要点

本件商標は、前項記載のとおりである。

請求人(被告)の引用する登録第二四四五七一号商標(以下「引用商標」という。)は、別紙第二のとおり「救心」の文字を縦書きにしてなり、旧第一類「薬剤、医療補助品及び化学品」を指定商品として、昭和八年二月六日登録出願、同年七月一〇日設定登録され、昭和二七年一〇月二二日及び昭和四九年三月八日それぞれ商標権存続期間更新の登録がされているものである。

被請求人(原告)は、商品「心臓薬」について、別紙第三の(1)及び(2)(但し、びん体の部分を除く。)に示すとおりの構成の各商標(以下、右(1)を「使用A商標」、右(2)を「使用B商標」といい、両者を「各使用商標」ともいう。)を使用していた。

本件商標と各使用商標とを対比すると、それぞれの構成に徴すれば、いずれも「チユウオウキユウキユウシン」の称呼を生ずる類似の商標と認められる。しかしながら、外観上両者は明らかにその構成を異にするものであり、各使用商標は、本件商標に変更を加えたものである。また、その使用商品「心臓薬」も本件商標の指定商品中に包含されていることは明らかである。

引用商標「救心」は、請求人が商品「心臓薬」について永年盛大に使用した結果、取引者需要者間に広く認識されるに至つた周知著名なものである。しかして、各使用商標は、その構成からみて顕著に表わされた「急救心」の文字部分より特に強い印象を受けるため、この部分のみをもつて商品の選別に資する場合も決して少なくないものとみるのが相当である。そして、当該「急救心」の文字部分は、「急」の文字と前述の請求人の著名商標に同じ「救心」の文字との組合せよりなるものであるから、このような商標の使用は、その商品との関係からみて、著明な心臓薬「救心」の姉妹品で、速効性の、あるいは緊急時に用いる商品であるかのように理解され、請求人あるいはこれと関連ある会社により製造販売されている商品であるかのように、商品の出所につき混合を生ぜしめるものである。

引用商標が前述のとおり取引者需要者間に広く認識されている著名な商標である以上、同業者である被請求人は、かかる事情を熟知しているものとみるのが相当であり、あえてこれを使用したことは、使用について故意を有するものといわざるをえない。

以上の点からみて、被請求人が故意に指定商品についての登録商標に類似する商標の使用であつて、他人の業務にかかる商品と混同を生ずるものをしたことは明らかであり、本件商標は商標法第五一条第一項の規定により取消されるべきものである。

三  本件審決の取消事由

引用商標の構成、指定商品及び設定登録、更新登録の各日が審決認定のとおりであること、原告が商品「心臓薬」について各使用商標を使用したことは争わない。しかし、審決は、次の点において違法であるから、取消されるべきものである。

1  審決が、各使用商標は「急救心」の文字部分のみをもつて商品の選別に資する場合も決して少なくない、としたのは誤りである。

使用A商標の構成は、「中央」の二字を縦書きとし、「急救心」の三字を横書きとし、これを組合せているが、「中央」の二字は組合せの最左端に位置させている。使用A商標を全体として観察した場合、「中央」の二字の比重は、その位置から他の「急救心」の三字と同程度のものとみるべきである。そうであれば、使用A商標を単純に「急救心」の三字が商品の選別に資する部分であると判断するのは、単に文字の大小のみをみて、文字の位置による表現力を軽視した結果、判断を誤つたものである。

使用B商標の構成は、「中央」の二字を横書きとし、「急救心」の三字を縦書きとした組合せであるが、この場合も「中央」の二字を最上段に位置させている。すなわち、「中央」の二字は最も注意をひく位置に組入れられている。そうであれば、使用B商標についても「急救心」の文字部分のみをとらえて商品の選別に資する部分であるとすることは、右と同様に誤りである。

2  審決が、各使用商標の「急救心」の文字部分は商品の出所につき混同を生ぜしめるもの、としたのは誤りである。

審決は、「急救心」の文字部分を「急」と「救心」との二つの部分に区分するが、「急救心」は全く新たな造語であり、「急」と「救心」に区分されるわけではないから、右の区分を前提として、各使用商標の「急救心」の文字部分が、著名な心臓薬「救心」との混同を生ぜしめるとするのは、誤りである。

原告は、本件商標の連合商標として甲第八号証及び第九号証各記載の商標を有している。右各商標は、いずれも、昭和五四年二月二七日設定登録されたものであり、「中央」と「急救心」の組合せからなるものである。前者は、「中央」の二字を小さく横書きにし、「急救心」の三字を大きく横書きにしたものであり、後者は、「中央」の二字を円型のわく組の中に上下に組入れ、その右横に「急救心」の三字を大きく横書きにしたものである。右各商標が新たに登録になつている事実は、右各登録商標と引用商標とが類似でないことの表われであり、各使用商標と引用商標とが類似せず、商品の出所の混同を生じないという原告の主張を裏づけるものである。

原告は、使用A商標をパンフレツトにおいて、使用B商標を容器上のラベルにおいて、昭和三六年四月から昭和四八年五月まで継続して商品「心臓薬」に使用していたものである。原告は、被告からの使用中止の申入れを受け、同業者間の紛争を避けるため、任意に使用を中止したものであるが、右一二年間にわたり、原被告間には紛争がなかつた。このことは各使用商標と引用商標との間には類似性はなく、商品の出所について混同を生ずることのなかつたことを示すものである。

3  審決が、他人の業務に係る商品との出所の混同につき、原告に故意があるとしたのは、誤りである。

原告の商品の販売方法は、消費者宅を訪れて各戸に商品を配置していくという方法(配置販売)であり、被告の商品の販売方法は、店頭で販売する方法(店頭販売)であつて、両者の販売経路は全く異なる。したがつて、原告が本件商標を引用商標に似せて使用する必要もなく、実益もない。原告は、本件商標と同一の範囲内、又は類似の範囲内との認識のもとに各使用商標を使用したものであつて、本件商標を引用商標に似せて使用する意図はなかつたものである。

第三被告の陳述

一  請求原因一及び二の事実は認める。

二  同三の取消事由は争う。審決の判断は正当であつて、原告主張の違法はない。

1  審決が、各使用商標は「急救心」の文字部分のみをもつて商品の選別に資する場合も決して少なくない、としたことに誤りはない。

文字商標の場合、各文字が大小差を有して表現されていたり、縦あるいは横に置かれて表現された場合は、大文字と小文字、縦文字と横文字とは、取引者需要者により分離して認識される可能性が大きいものである。

2  審決が、各使用商標の「急救心」の文字部分が商品の出所につき混同を生ぜしめるもの、としたことに誤りはない。

原告が本件商標の連合商標として甲第八号証及び第九号証の各商標登録を受けたことは認めるが、これらの事実があつたからといつて、右各登録商標と引用商標とが類似でないということにはならない。被告は、甲第八号証及び第九号証の各登録商標について、引用商標との類似を理由として、昭和五四年一〇月一一日登録無効の審判請求をした。

商標の類否判断の基礎は、原被告間に紛争があつたか否かではなく、取引者需要者間に商標の誤認あるいは商品の出所の混同を生ずるか否かである。原被告間に紛争が生じなかつたのは、地域的、数量的、その他の事情から被告が問題にしなかつただけのことである。

3  審決が、他人の業務に係る商品との出所の混同につき、原告に故意がある、としたことに誤りはない。

本件商標の構成が「中央急救心」であるのに、原告はこれをあたかも「急救心」であるかのように使用していたこと、引用商標「救心」は大正二年から被告の商品「心臓薬」に使用されてきたものであり、各使用商標の使用開始(昭和三六年四月)以前において、すでに周知著名となつていたにもかかわらず、原告は引用商標と同じ商品「心臓薬」にあえて「急救心」と認識されるような各使用商標を使用したこと、原告も被告と同じ「心臓薬」の製造業者であること、以上の各点に徴すれば、原告に故意のあることは明らかである。

原告は、原告の製品が配置販売薬であり、被告の製品が店頭販売薬であつて、販売経路が異なるから、本件商標を引用商標に似せる必要も実益もないと主張するが、配置販売薬、店頭販売薬と区別をしてみたところで、これは単に販売形態上の問題で、両者は相互に店頭販売薬にも配置販売薬にもなるのであるから、原告の右主張は理由がない。

第四証拠関係<省略>

理由

一  請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

二1  右争いのない事実によれば、本件商標は、別紙第一のとおり、同一大きさ同一字体の五文字をもつて「中央急救心」と一連に縦書きにしてなるものであるところ、成立に争いのない甲第二号証及び第三号証によれば、使用A商標は、別紙第三の(1)のとおり、「中央」の二字を小さな文字で縦書きにし、その右側に「急救心」の三字を大きな文字で左横書きにした構成(「中央」の二字分は、「急救心」の各一字分より小さい。)であること、使用B商標は、別紙第三の(2)のとおり、「中央」の二字を小さな文字で左横書きにし、その下側に「急救心」の三字を大きな文字で縦書きにした構成(文字の大きさの比は、引用A商標におけると、ほぼ同様である。)であることが認められる。

各使用商標の右構成からすれば、いずれも「急救心」の文字部分が顕著に表わされているので、これが商品に使用される場合は、「急救心」の文字部分のみをもつて商品の選別に資することも少なくないとするのが相当である。

そうであれば、審決取消事由1の点に関する原告の主張は理由がなく、審決に誤りはない。

2  商品の出所の混同について

成立に争いのない乙第四号証ないし第六号証及び弁論の全趣旨によれば、引用商標「救心」は、被告が商品「心臓薬」について永年使用した結果、原告が各使用商標の使用をしたことを自認する昭和三六年四月頃以前から、すでに取引者需要者間に広く認識されるに至つていた周知著名な商標であることが認められる。

一方、各使用商標の「急救心」の文字部分は、「急」と著名な引用商標に同じい「救心」との組合せとみられることも少なくなく、しかも、「急救心」の文字部分が顕著に表わされた各使用商標が商品「心臓薬」に使用される場合には、引用商標に係る心臓薬の「救心」が周知著名であることでもあるので、その姉妹品で、速効性の、あるいは緊急時に用いる商品であるかのように理解され、被告あるいはその関連会社により製造販売されている商品であるかのように商品の出所につき混同を生ぜしめるものというべきである。

原告は、甲第八号証及び第九号証記載の各商標が本件商標の連合商標として新たに登録されたことは、各使用商標と引用商標とが類似でないことを示すものであると主張するが、右登録の事実があるからといつて、そのことから直ちに連合商標として登録された右各商標と引用商標とがにわかに類似でないと断ずることはできず、これを前提とする原告の右主張は理由がない。

また、原告は、昭和三六年四月から昭和四八年五月までの間、被告と紛争を起すことなく、各使用商標を商品「心臓薬」に使用してきたものであり、このことは商品の出所について混同を生ずることのなかつたことを示すものである、と主張するが、原被告間に単に紛争のなかつたことをもつて、直ちに商品の出所について混同を生じない証左とすることはできず、この主張も採用することはできない。

商品の出所について混同を生ぜしめるとした審決に誤りはない。

3  故意について

本件商標の構成が別紙第一のとおり同一大きさ同一字体の文字を一連に縦書きにした「中央急救心」であるのに、各使用商標の構成は、「急救心」の三文字を顕著に表わしたものであつて、本件商標をあたかも「急救心」の文字部分が主要部であるかのように使用するものであること、上述のとおり、引用商標は永年にわたり被告の商品「心臓薬」に使用されてきたものであり、引用商標は各使用商標の使用開始以前において、すでに周知著名となつていたこと、原告代表者和田美巳尋問の結果によれば、原告と被告とは医薬品製造販売に関して同業者であり、原告は、各使用商標の使用開始当時、引用商標の存在を知悉していたと認められること、以上の各事実に徴すれば、原告に、各使用商標の使用にあたり被告の業務に係る商品「心臓薬」と混同を生ずることについての認識があつたと認めるのが相当である。

原告は、原告の製品が配置販売薬であり、被告の製品が店頭販売薬であつて、販売経路が異なり、ひいて、原告には商品の出所の混同について故意がない旨主張するが、販売経路が異なるからといつて、直ちに原告に右故意がないということはできない。また、原告代表者和田美巳本人尋問の結果中、原告には故意がなかつた旨述べる部分は、弁論の全趣旨及び以上の認定事実に照らし、採用することができない。

そうであれば、商品の出所の混同について故意を有するとした審決に誤りはない。

三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木秀一 杉山伸顕 清野寛甫)

別紙第一

別紙第二

別紙第三

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